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2020/11/13

長い文書は分割するべきか


 単行本一冊ほどもの長大な文書を作成するとき、そのファイルは分割するべきなのだろうか。かつての当たり前では章ごとに分割するなどしてきたが、今はちょっと違うアプローチを考えてもいいかもしれない。


ファイルはひとつの方がいい

 かつての当たり前として、大きなファイルを分割するのは、そのファイルを編集する際の処理の重さを回避する目的が大きかった。また、書く人と、確認する人、編集する人など、多くの人が関わる場合、ある程度できあがったところから作業に入るためにも分割が求められた。同時に同じ文書を編集するのが難しかったからだ。

 今、これらの理由はことごとく否定される。パソコンの能力は高まって、大きなファイルも軽々と編集できるし、ひとつのファイルを、複数のユーザーが同時に扱うこともできるようになった。

 もし、複数のファイルに分割されていた場合、用語の置換作業をしたり、デザインを統一するために書式を変更したりするときに、むしろ、不便を感じるかもしれない。だったら多少大きいファイルになっても、ひとつの文書はひとつにまとめておくほうが作業しやすいというわけだ。目次を作ったり、索引を作ったりするときにも、ファイルはひとつの方が都合がいい。

 

かつての当たり前を変えるのは難しい

 そう言いながらも、こうして今書いているコラムについては、ひとつのコラムがひとつのファイルだ。このコラムは、このサイトを作って81本目になるので、ファイル名は81となっている。専用のフォルダの中にファイルを作っているので、探すのに不便はないがとにかくファイル数は多くなる。

 仮に、この81本のファイルを、書いた順にまとめて読みたい場合は、けっこうたいへんだ。Wordには複数のファイルを順序を決めて束ねるための合理的な機能がない。アウトライン機能を使ったり、コピーと貼り付けを繰り返したりとたいへんだ。ひとつひとつのファイルを順に開いていく必要がある。

 こうした手間を考えると、本当は、最初からファイルを細かく分割せずに、ひとつのファイルとしておいたほうがいい。かつてのやり方を抜本的に変えることになって悩ましいが、このあたりも、新しい当たり前として、自分のやり方を変えてみるべきかもしれない。